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そして師走は風の如く。

ごきげんよう。

12月がこんな感じで流れていくとは。
まさか夢にも思っておりませんでした。

夏のように気合も入らず。
ダラダラと生活習慣は崩れ。
そのままドボン。

なーんてことには決してなりませんが。

まあ暇な毎日を送っているわけです。

勉強しなきゃ。
本読まなきゃ。

あーいろいろやることがあるのに。

はい。

さて。

先日「苦悩は続く」と申しました。

続いております。

しかしながら、一つの答えをいただきました。
皮肉にも本人からw

そんなことで崩れるような信頼関係なら、たとえ成功しても長くは続かない・・・。

あ。
確かにそうだ。

これこそ正論であります。
何故今まで分からなかったのでしょうw

それほど狼狽していたのですね。

ホント、ありがとうございます。

ということで、言うことにいたしました。

これは・・・どうなるんでしょうw

しかし、セカンドオピニオンは必要だということは、
3年前に身をもって知りましたので、
やはりいろんな方のご意見を伺おうと考えております。

リミットは・・・そうですね、日曜日、ですかね。

クリスマス、とは妙なイベントをつくったものです。

果たしてその日は明るいか。それとも。

こういう話ができるのは、生きてる証拠ですね。

まだまだ人生これからのようです。

相手がどう思っていようが、こちらの気持ちを伝えればよいのではないか、
と、ふと思うときがあります。

どうなんでしょうね。


ああ。
考えてみると、私はなんと我が儘なんでしょう。

馬鹿な男。

自惚れていたかな。

ハードル、だなんて、言える立場なのかな。

少なくとも、私は今を生きているのです。
生きるためには、必要なのです。

お許しください。

って、これもまた我が儘。

腐ってるって、このことだったりして。

私は、太宰治の『チャンス』にはいささか賛同しています。

「愛してる」は、なんか偽善な感じがするんです。

言って欲しいこと、なんてないな。

普通に、そういう関係が作れれば、それでいいのです。

古いか。


はい。

あ、そういえば篤姫終わっちゃいましたね。
最終回は平均28.7%、瞬間最高34.9%だったそうですね。

ま、当然ですな。
だったあれ面白いもん。

ヘタなドラマよりよっぽど。

特に20代女性に高い支持を受けたとか。

やはりこの世は女。

キーパーソンは、女ですよ。

はい。

政治では、古賀さんの発言が波紋を呼んでるらしいじゃないですか。
あれさー、なんで言っちゃうのかね。

せっかく古賀さんは、皆を信頼して集めて言ってるのに、どーしてすぐベラベラ喋っちゃうかねぇ。
信頼もあったもんじゃないね。

言ったら問題になるって、どうしてわかんないかね。

馬鹿だね~。

まったく、これじゃ政権とられちゃうよ(汗

頑張って。

はい。

ヤバい。最近ここでぶっちゃけすぎてるw
自重しなきゃ。

では。

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コメント

「他人に対する冷めた視線、人間は孤独なんだとペシミスティックに社会と一定の距離をとろうとする人間観。何かあればインターネットや携帯電話があるから問題ない。シンジに自分の気持ちを代弁してもらい、レイやアスカに現実逃避しようとする。つまり『新世紀エヴァンゲリオン』は一面現代社会に生きる若者の声なき声ともいえる。」

自分は他の奴らとは違って色々悩みがあるのだと伝えたい気持ちはわかります。
けれど正直、文章は立派(というか小説からパクッたようにしか見えない)だけど内容はその辺のブログと変わらない。
だから余計不快。
朝早くから失礼しました。

投稿: まあまあ | 2008年12月18日 (木) 05時31分

不快ならば読まなければいい―それだけのことです。

私はここで、自己陶酔と自己反省を繰り返しながら、自分を抑制をしているのです。
人に読まれることを承知してはいますが、正直他人にとやかく言われる筋合いはありません。確かに、他者との比較によって己を美化しようとしているのかもしれません。しかし、それが何だというのですか。人間誰しも、他人からの承認が得たくて、他者と比較し、自分のアドバンテージを誇示しようと必死ではありませんか。人間の愚行であると一蹴してしまえばそれまでですが、あなただってやっていること。

また、小説のパクリであるとおっしゃいましたが、私は、恥ずかしながらあまり自分の気持ちをうまく書くことができないために、私の気持ちを見事に代弁している小説の一部を「引用」している―ただそれだけのことです。

私はポストモダンの産物のひとつなのです。欲望・感情を判断基準とするポストモダンの人間にとって、近代・前近代のような生き方はできないのです。すなわち、そのような生き方を私たちに求めること自体「お門違い」なのです。
アイデンティティなど確立できるはずもなく、やさしい関係を保とうとする―それが現代社会なのです。今更とやかく言うことではありません。
時代は流れているのです。

貴重なご意見、ありがとうございました。

投稿: Charlie | 2008年12月19日 (金) 02時03分

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