少女の微笑み。
ごきげんよう。
いつまでも、4月1日の記事を引きずるわけにはいかないのでw
はい。
とか言いながら、実はまだかなり引きずっているという・・・
何とも弱々しい。
女々しい!
あー、また自己嫌悪。
加えて、この世の中に対する不信感、レジスタンス。
社会とのフリクション。
この世って、こんなものだっけ?
と、ふと思う。
しかしながら、自らの考えを曲げるということはない。
私は私。人は人。
そういうもんです。
はい。
さてさて、そんな、「現代社会の住みにくさ」を描いているのが、『白い春』。
阿部寛演じる佐倉春男は、前科持ちの無愛想な男。
その男に、世間は冷たい。
防犯ブザー、派遣、警察。
そんな状況下でも、春男はブレない。
しかし春男は心のどこかで感じている。
「9年前とは違う。」「住みにくくなった。」と。
そう、時代は目まぐるしく変化する。
春男は、時代の流れに取り残された、いわば「被害者」だ。
しかし、被害者でありながら、社会の目は「加害者」としてしか春男を見ない。
ああ。なんと窮屈な世の中だ。
人間関係がギスギスしている。
とてもじゃないが生きていけない。
そんな中でただ一人、生きる希望となる者がある。
大橋のぞみ演じるさちである。
彼女はまだ、社会を、汚れを知らない。
本当の「純粋」なものだ。
純粋とは何といいものなのだろう!
冗談を本気でとらえ、悲しみを我慢せずに泣く。
約束は必ず守る。
そしてその笑顔は、汚れた社会を浄化する。
実際、春男もさちの笑顔には脱帽だ。
このような人間は、非常に重要である。
子供は純粋である。それがかわいい。
純粋なものへの憧れ!
神秘への好奇心!
これらが、私の心の奥底で疼く。
そんな、社会の汚さと少女の純粋さを描いた『白い春』、是非ご覧あれ。
ってことで。
またドロドロの社会に戻るわけか。
はぁ。
では。


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